君ヶ畑 「木地師のふるさと交流館」

木地師のふるさと交流館

10月23日に君ヶ畑で「木地師のふるさと交流館」の開館式が、開設に携わった関係者などを招いて行われた。私も資料用の写真を提供したので招待客の1人として参加したが、同時に記録の写真を撮影させてもらった。

この施設は君ヶ畑の「木地師のふるさと高松会」が、公益財団法人「東近江三方よし基金」が募集した【休眠預金】新型コロナウイルス対応緊急支援助成(東近江・ポストコロナ対策助成事業)に応募し採択され、その事業として進められた。
東近江三方よし基金のホームページにその内定理由などが掲載されているので転記する。

事業名:木地師のふるさと新型コロナウィルス対策
団体名:木地師のふるさと高松会
事業内容:地域がこれまで守ってきた木地師関連資料の「常設展示」でき、地域を未来へ継承するための交流・関係人口を獲得するための拠点を整備して、交流事業を展開する。
助成金:9000,000円
理由:限界集落の住民自らが、ポストコロナを見据え地域資源を活用して、交流、関係、移住の取組は、評価でき採択とする。

この助成金で長く使用されていなかった2階建ての民家を借り受けて、1階部分を改装して木地師に関する資料や君ヶ畑を紹介するパネルなどを展示し、人々が交流するスペースなども作られた。主な展示品は木地屋氏子狩帳(複製)、惟喬親王御縁起(複製)、能面、手引き轆轤や木工轆轤カンナ、木工品の万年筆やその製作道具類、木地師関係の木版や木札、かって盛んであった林業やお茶の生産に関係する資料などがある。能面は普段本物ではなく私が撮影した写真を代わりに展示している。また君ヶ畑の産業などを説明した展示パネルのモノクロ写真は、私が提供した約40年前の君ヶ畑の写真を使用している。

木地師のふるさと交流館の入場料は中学生以上500円、開館は原則日曜日のみ10時~15時だが12月から3月は雪深い地なので休館となる。ただし休館中も事前の問い合わせで開館してもらえる場合もあるとの事、連絡先は「木地師のふるさと髙松会」事務局代表の瀬戸洋海さん(電話 090-9991-0130)まで。


開館日に外観を撮影できなかったので、紅葉の頃でもあり11月20日に再度訪ねたが、その日は休館日で雨戸が閉まっていた。開館式の写真を渡すために事務局代表の瀬戸洋海さんを訪ね外観を撮影に来たが休館だったと伝えると、開けてあげるよと連れて行ってくれた。
撮影していると普段は住んでいないが、法事で来ていたお隣りの人達も見学に来た。内部も開館日と少し変わった部分があったので少しだけ撮影した。 新たに説明用のモニターが設置されていて、その台になっていたのは交流館がまだ準備中に見せてもらったこの家の2階にあった古い家具調ラジオだった。

君ヶ畑 文化財の虫干し

君ヶ畑の虫干し

木地師のふるさと小椋谷には、木地師に関する貴重な資料が数多く残されている。君ヶ畑と蛭谷には木地師を氏子として管理した貴重な記録である「氏子駈帳・氏子狩帳」があり、関連する資料と共に滋賀県指定有形民俗文化財となっている。

君ヶ畑の大皇器地祖神社所有の物は、滋賀県の資料によると君ケ畑木地屋氏子狩帳が53簿冊 、その他木地屋の関連資料で金龍寺所有の惟喬親王御縁起などが28点ある。
また蛭谷の筒井神社所有の物は、同じく滋賀県の資料によると蛭谷木地屋氏子狩帳が35簿冊、その他木地屋の関連資料で朱雀天皇綸旨などが67点ある。なお蛭谷では氏子駈帳なのだが滋賀県の告示では木地屋氏子狩帳と記載されている。

木地師に関する上記の資料以外にも君ヶ畑には室町末期から江戸中期にかけての貴重な文化財である能面6点などが残っている。それらは君ヶ畑の住民が管理しており、年に一度虫干しを行っている。その際に一般に公開した事もあるが、今年は非公開で10月10日に行われた。

少し前に君ヶ畑の自治会から虫干しの時に展示用に能面の写真を撮影してほしいとの依頼を受けていた。それは10月末に新しく「木地師のふるさと交流館」と言う木地師の資料などを集めた施設に展示するためで、私が約40年前に撮影した写真も展示用資料として提供した。
交流館では実物の能面は常設展示ではなくて、撮影した写真を代わりに展示するとの事だった。写真は掲載順に以下の説明が付いていた。

1 能面(翁・白色尉) 室町時代末期の作
2 能面(三番叟・黒色尉) 室町時代末期の作
3 能面(父尉) 室町時代末期の作
4 能面(延命冠者) 室町時代末期の作
5 能面(翁・白色尉) 江戸時代中期の作
6 能面(三番叟) 江戸時代中期の作

当日は生憎の雨模様で虫干しには適さない天気ではあったが、予定通りに行われた。能面の撮影の後に虫干しの様子などを撮影させてもらったが、天気が良くないので終了予定の時間を待たず午後2時頃には全ての片付けが終わった。