片山摂三写場の記憶と記録 その4

今回はネガの鉛筆修整とプリントした写真の仕上げなどについて書き残そうと思う。

【ネガの保管】
現像したネガは、紙のケースに入れて保管していた。白い紙袋の二辺が開いていて、簡単に出し入れができネガ袋と言っていた記憶がある。フィルムサイズの大きさに合わせてサイズ毎の袋があったと思う。下の左写真は当時使用していた袋で、現在までそのまま残してあったもの。

ネガ袋と修整用ニス

【ネガの鉛筆修整】
証明写真を含めシートフィルムでスタジオ撮影した人物写真は、すべて鉛筆修整をしてから密着焼付けする。鉛筆修整は片山先生の師匠である写真師疋田晴久氏に、片山写場で他の弟子たちと一緒に指導してもらった記憶がある。

疋田晴久氏については、1997年三鷹市美術ギャラリー編、中央公論美術出版発行の「新編芸術家の肖像 片山攝三写真集」の年譜に『昭和7年(1932)年 写真家疋田晴久に40日間入門、写真技術を学ぶ』とある。詳しくは分からないが、営業写真の分野で活躍されていたようで公益社団法人 日本写真協会の記録で功労賞を1978年に片山摂三、1979年に疋田晴久が受賞したとある。また九州写真師会連盟の九州写真展覧会で疋田晴久賞が設けられているようだ。

鉛筆での修整はネガの顔部分に行うので、その辺りに修整用ニスのキャップに付いている筆で液を落とす感じでトントンと置いていく。すぐにムラが出来ないようニスをガーゼで薄く均一に顔全体に塗り延ばすしていくが、余分なニスはガーゼに吸い取られていく事になる。上の写真のコダック修整用ニスは、独立した後に使用していたもので、もう使う事は無いのだが残してあった。当時これと同じものを使っていたかは記憶にない。

そしてネガを修整台に置いて鉛筆で修整していく。下の写真はボッシー(弥生精工株式会社)の修整台で、これと同じようなもので修整していた。修整台の後ろに電気スタンドを立てて、手前に向け照明しネガを透かして見ながら修整をする。

ボッシーの修整台
ボッシーのネガ修整台

修整する時はスタンドルーペを使用する場合もあるが、無しでやっていたような記憶もある。下の写真はボッシーのスタンドルーペで、独立後に購入して愛用していた40年位前のものである。このスタンドルーペは支柱部分が自在に動くので、ネガの位置に合わせたり距離を変えて拡大率を調整するなどができる。

修整に使う鉛筆は特別な物ではなく、ごく普通に売っているもので品質の良い物を選んでいた。鉛筆の芯を字を書く時のような削り方ではなく、芯の部分を少し長くしてナイフなどで削り、仕上げに紙やすりで先端を針の先のように尖らせて使う。今回は以前やっていたように再現してみたのが下の写真である。

修整用ルーペと鉛筆

修整は通常はベース面に行う。ベース面は乳剤面と違いツルツルしているが、ニスを塗る事によって鉛筆の乗りが良くなる。密着で焼付ける時は、フィルムと印画紙の乳剤面を合わせるようにする。そのためベース面に修整するとフィルムの厚さ分ピントがズレるので、修整のレタッチ跡などがボケて目立たなくなるという効果がある。

下の写真は、ネガフィルムに修整した状態が分かるように撮影してみた。その下の写真と比べてもらうと、顔のどの部分に修整を行っているのかが分かるのではないかと思う。

撮影は肌などが奇麗に写るよう出来るだけ柔らかい照明を使うが、人物を立体的に表現するために陰影をつける。修整は照明で出来たハイライト部分とシャドウ部分の境目をぼかし、より光を柔らかくする事がメインになる。そうする事で人物の顔が滑らかで、自然で奇麗な光を感じるようになる。

また肌の傷やシミなどは、消したり目立たなくする。シワについては、無くしてしまうと顔の印象が変わりすぎるので、深いものなどは柔らかくする程度にしておく。ほうれい線なども同じように柔らかくして、自然な印象で残しておく。
修整をやり過ぎると顔の印象が変わり過ぎてしまうので、修整は肌のきめを残しながら自然な顔に見えるようにやる事が大切である。

修整済のネガ
顔部分の鉛筆レタッチの跡
ネガ修整後のプリント
修整したネガをプリントした写真

下の写真は、修整の鉛筆運びが分かるように一部を拡大してみた。大きさが分かるように寸法を入れているので参考にして欲しい。修整は芯の先を小さな円を描くように細かく小刻みに動かしていく。円の大きさを変えたり、楕円にしたりして必要な所に合わせて調整する。主にハイライトとシャドウの境目を重点的に鉛筆を入れているのがお分かりいただけるだろうか。

鉛筆はしっかり持つのではなく手に軽く乗せる感じで、ほとんど力を入れないようにする。そして持っている指全体を小刻みに動かし、軽く鉛筆の芯先を必要な所に重ねていく。鉛筆は片減りしないよう少しずつ回しながら修整していくが、先が丸くなると紙やすりでまた削る。

修整は基本はベース面だが、濃度が足らない場合は乳剤面にもやっていたようの記憶もある。乳剤面にやった場合は、鉛筆のタッチ跡がそのまま出る可能性があるので、より繊細なタッチでやる必要がある。

当時はネガ修整の一部を修整屋に外注していたような記憶があり、その当時は修整の技術があれば一生仕事には困らないとも思っていた。修整は後年カラーネガになってからも行っていたが、フィルムサイズが6×7サイズと小さくなったのでシートフィルムのような細かい修整はできなかった。

カメラと写真は1990年代にデジタル化が始まり、2000年代に入ると急速に進んだ。その頃からフォトショップを勉強してある程度は使いこなせるようになり、デジタルでレタッチをするようなった。鉛筆修整の経験はフォトショップの修整で少しは生かせたような気もするが、デジタルの時代になり鉛筆修整の技術は必要無くなりもう残っていないのではないだろうか。

ネガ修整のアップ比較
顔の修整部分を拡大したネガと写真

【プリントした写真の仕上げ】
密着焼きが終わりネルソン金調色したプリントは、水洗が終わると乾燥してから仕上げをする事になる。最終的には台紙に入れて完成だが、写真にはプリント時に付いたホコリなどで白くなっている部分があったりする。また修整の鉛筆跡や、修整でカバーできなかったハイライト部分があったりする。その場合は、スポッティングといって筆に墨などの塗料を付けて点描で修整する作業を行う。

写真用品で黒、茶、白色の塗料が四角い板状の上に塗り付けてある、スポッティングカラーというものがある。水で少しずつ溶かすようにして使うが、濃さは少し薄めにして点描で主に白い部分を周りに馴染むようにしていくのがスポッティングである。スポッティングカラーは当時あった気もするが、固形墨を親指の爪で摺って使ったような記憶もある。

下の写真は、当時使用していた物ではなく後年スポッティングに使用していた筆である。写真用品でスポッティング筆はあったと思うが、画材の面相筆を使っていた記憶もある。このような先が細くて塗料を小さな点として打てる筆で、スポッティング作業を行っていた。
またネガの傷などで黒くなった部分は、デザインナイフのようなもので軽く削ったり、白色の塗料でスポッティングしていた記憶もあるが、この当時であったかは記憶が曖昧である。

スポッティング筆