彦根の近代化遺産

彦根近代化遺産

4月7日に平和堂が企画したのまちあるきツアー「じもとりっぷ」じもとガイドさんと歩く「滋賀の旅」で、『「歩こう!彦根」今も残る明治と大正レトロモダンな建物を巡る』に参加した。その様子を動画に編集しYouTubeにアップした。
参加者は定員の10名でJR彦根駅に集合し彦根市内の建物などを一日かけて見て回った。この動画に収められているのは以下の通りである。

・昭和初期に建てられた「文化住宅」
・逓信舎「旧川原町郵便局舎(高﨑家住宅主屋)」 昭和9年(1934)洋風の郵便局舎へ改造
・宇水理髪館 昭和11年(1936)建築
・滋賀中央信用金庫銀座支店(旧明治銀行彦根支店) 大正7年(1936)建築
・滋賀銀行彦根支店(旧百三十三銀行本店) 大正14年(1925)建築
・俳遊館(旧彦根信用組合本店) 大正12年(1923)建築
・旧本町郵便局舎 大正13年(1924)建築
・スミス記念堂 昭和6年(1931)建築
・滋賀大学講堂(旧経済学部講堂・旧彦根高等商業学校講堂) 大正13年(1924)建築
・陵水会館(旧彦根高等商業高校の同窓会館) 昭和13年(1938)建築
・旧彦根高等商業高校の外国人宿舎 大正13年(1924)建築

佐和山城址

佐和山城の模型と佐和山

11月26日に平和堂のまちあるきツアー「じもとりっぷ」じもとガイドさんと登ろう!『佐和山』~戦国を歩く旅 光成が見た景色を辿る~に参加した。
今回の行程は、JR彦根駅→石田三成屋敷跡→佐和山城跡→そば処百百百百(昼食)→専宗寺→鳥居本合羽→有川薬局→近江鉄道鳥居本駅→近江鉄道彦根駅の歩行距離約6Km、9時30分にJR彦根駅に集合して近江鉄道彦根駅で15時30分頃に解散した。佐和山城跡と旧中山道の宿場である鳥居本宿に行ったが、今回は佐和山城址関係の写真のみで鳥居本宿は別に掲載する。

JR彦根駅の井伊直政像の所で集合、石田三成屋敷跡などを通り佐和山城跡へと向かう。登り口は井伊家とゆかりの深い龍潭寺の裏山にあり、参道には石田三成の座像と「佐和山観音」と呼ばれる観音像、そして石田三成群霊供養と刻まれた石碑が建っている。標高233mの佐和山頂上にある本丸跡までは標高差は約150mあり、切通し、西の丸跡などを通るが、途中かなり急な所もある。
佐和山城は鎌倉時代からあり石田三成が居城としたことで知られる。石田三成が関ヶ原の戦いで敗れ、その後領主となった井伊家が彦根城を築城したので廃城となった。その際に石垣や建物の多くが彦根城へと運ばれたので、そこに城があったと分かる痕跡は石垣の一部や土塁、堀、曲輪、千貫井戸跡や西ノ丸にある塩硝櫓跡などが地形として残っているのみである。ガイドさんが説明してくれたので少しは分かったが、ガイド無しでは石垣以外では表示のある千貫井戸跡や塩硝櫓跡くらいしか分からないと思われる。

今回は説明を聞きながら撮影をしていたので、案内の標識などが無い所は撮影した写真がどの部分だったのかよく分からないカットが多かった。説明が無いとただの小山だったり、獣道のような少し窪んだ部分と言った所がほとんどだった。佐和山は清凉寺が所有する山で、団体で登山する場合は入山許可が必要となっている。ハイキングコースにはなっているが、案内の標識などは一部朽ちていたりするなど、整備されずに放置されている印象だ。

本丸跡のある頂上からは、南西方面に彦根城そして遠くには比叡山を望み、東から北東には中山道があり遠くには伊吹山、北には長浜、北西には竹生島も見る事ができた。頂上からは四方をよく見渡せ、軍事的な要衝であった事がよく分かる。本丸跡から隅石垣、千貫井などを経由して、国道8号線の佐和山遊園跡の所に降りてきた。そこからは佐和山歩道トンネルを通り、城の正面である大手のあった所から内堀跡や土塁、そして登城道などを見てから鳥居本へ行った。

彦根城外堀を訪ねて

彦根城

2019年5月10日に、平和堂のまちあるきツアー「じもとりっぷ」に参加した。この日は「じもとガイドさんと歩こう!『彦根』~古地図で巡る 幻の彦根城外堀ツアー~」という企画だった。今回の行程は、JR彦根駅→切通口御門跡→油懸口御門跡→外馬場公園→長光寺外堀遺構→外堀跡土塀→比内地鶏ほっこりや(昼食)→池須口御門跡→昭和新道→武家屋敷長屋門→長曽根口御門跡→旧松原湊→彦根城内堀・中堀→近江大師寺(寝弘法さん)→JR彦根駅 の歩行距離約8.5Km、10時にJR彦根駅に集合して16時頃に同所で解散した。
江戸時代の古地図を片手に彦根城の失われた外堀の痕跡を探すと言う事で、古地図と現在の地図を見ながら外堀の遺構などを地元のガイドさんに案内してもらった。

[カメラ:Canon EOS M3] [レンズ:CANON EF-M 15-45mm]