小椋谷 君ヶ畑の秋

君ヶ畑の紅葉

11月19日に小椋谷の君ヶ畑に行ってきた。小春日和の暖かな日で、豊かな自然に囲まれた静かな集落のあちらこちらできれいな紅葉を見ることができた。住宅や破風などを記録しながら、集落内を散策して秋の美しい風景も撮影した。

2020年 君ヶ畑 破風に水文字

破風に水文字

1980年野外活動研究会刊「フィールドへ No6 君ヶ畑」には、茅葺き屋根の葺き替えの様子や茅葺き屋根の上にトタンを被せる骨組み工事の写真などが掲載されている。当時は入母屋茅葺きは15軒あったが、現在そのうち3軒は無くなり残りは全てトタンを被せてあり、茅葺きの屋根は無くなっている。
現在君ヶ畑には入母屋茅葺きの上にトタンを被せた家が28軒ある。トタンは亜鉛めっき鋼板のうち、主に建築資材として使われているものの俗称で亜鉛鉄板とも言われ、瓦型にプレスされたトタン板もある。金属屋根の種類は、主にトタン、ガルバリウム鋼板、ステンレス、銅、チタンなどがある。ガルバリウム鋼板とはアルミニウム・亜鉛合金めっき鋼板の名称でアルミニウム55%、亜鉛43.4%、シリコン1.6%の鋼板でGL鋼板とも呼ばれ1972年にアメリカ開発され、日本では1982年に初めて商品化された。
現在トタンは使用されることが少なくなり、耐用年数の長いガルバリウム鋼板が多い。年代から考えて君ヶ畑はトタンが多いと思われるが、トタンとガルバリウム鋼板は外観では見分けられない。

破風に「水」の文字』で説明しているが、君ヶ畑の茅葺きの上にトタンを被せた家の破風にも、火伏せのまじないである水文字や懸魚そして家紋が見られる。それらの組み合わせは色々で、多い順では次のようになっているが、水文字は鬼瓦部分にある場合も含めている。
【1】水文字・家紋・懸魚 7軒
【2】水文字・家紋 6軒
【3】水文字・懸魚 5軒
【3】水文字のみ 5軒
【5】家紋・懸魚 3軒
【6】家紋のみ 1軒
【6】懸魚のみ 1軒

2020年 君ヶ畑の住宅

君ヶ畑の住宅

コロナウィルスの影響で休んでいた君ヶ畑への取材を再開し、10月6日と11月19日の2回訪ねた。撮影は主に風景や住宅などの外観を主体にして、人物や生活ぶりなどは様子を見ながら少しずつ始めている状態である。

住宅など外観の撮影がある程度進んだので、現在までの所を整理して残しておこうと思う。今回は住宅についてだが、野外活動研究会刊「フィールドへ No6 君ヶ畑」で岡本大三郎氏が下記の君ヶ畑概略地図に1979年(昭和54年)10月現在の住宅や施設に番号やアルファベットを記載し記録している。今後はこの番号やアルファベットを写真のタイトルに記載する事とする。

君ヶ畑概略地図
【1979年10月現在の君ヶ畑 家屋屋根形状と民家以外の建物や施設など
調査・イラスト制作:岡本大三郎(「フィールドへ No6 君ヶ畑」より引用)】

現在自治会の加入は26戸あるが、全てが住んでいる訳ではなくて、常時住んでいる家、時々(月に数回程度)帰ってくる家、ごくたまに(年に1、2回程度)帰る家、廃屋となっている家などが混在している。居住の状態は今後の取材で記録していく事として、今回は外観の記録のみになる。

1979年は調査報告では住宅数は55戸であるが、2020年11月現在では2戸は解体され更地となり、1戸は一部のみが残り住宅としては52戸ある。完全な廃屋から一部が壊れてそのままなど違いはあるが、廃屋状態になっている住宅は6戸ある。その他周りが雑草だらけで、ほとんど手入れされていない家は2戸ある。

1979年の民家の屋根の形状別では、入母屋茅葺きは15軒、入母屋茅葺きの上にトタンを被せたものが17軒、切妻にトタン葺きは18軒、切妻に瓦葺きが5軒あった。2020年では入母屋茅葺きは無くなり入母屋茅葺きの上にトタンを被せたものが28軒、切妻にトタン葺きは19軒、切妻に瓦葺きが5軒になっている。
入母屋茅葺きの家が3軒無くなり、入母屋茅葺きの上にトタンを被せた家の1軒は建て替えて切妻にトタン葺きになっている。無くなった3軒の家は、1979年当時は全て茅葺きだった。
ネットで調べると2011年6月24日撮影の「愛しきものたち 東近江市 君ヶ畑(きみがはた)」と言うサイトに、今は無い18番の家と思われる一部壊れた萱葺き屋根が紹介されている。この頃までは茅葺き屋根の家が残っていたようだ。